「いま何打目だい?」
バンカー脇のカラスがボクに聞いてきた。
「6打目かな?」
突然あふれだした汗をぬぐいながら彼のほうを見ずに答えるボク。
その日はそんな大量の汗をかくような気温ではなかった5月。
さっきまでは風が吹くと肌寒く感じていたほどなのに。
その時ボクが立っていたのは「風の街カントリークラブ」の18番ホールのバンカー。
新調したばかりのホンマのボールがボクの目の前の美しい砂の上に転がっている。
「そう6打」
カラスはまるでハミングするかのように答える。
その日の最終ホール。
Par5 503ヤード。
ボクがフェアウェイウッドで打った3打目は綺麗に転がってガードバンカーへ。
まるで野ネズミが急いで巣穴へ駈け込んでいくように。
突然あふれだした汗をぬぐいながらボクはグリーン上にいる同伴者のカーネルサンダースの様子を確かめる。
ボクが同伴者の様子を気にしてる事に気づいたカラスが
「大丈夫、彼は待つのが嫌いではないようだね」と言う。
「むしろ彼は君がバンカーの中に長く居れば居るほど自分のパッティングのラインをゆっくり読めると喜んでいるようだね」
カラスは他人の思考を正確に読み取る能力にたけていた。
まるで読心術者のように。
ボクがバンカーに長く居れば居るほど。そうボクはバンカーにつかまっていた。
「風の街カントリークラブ」最終ホールのバンカーに立っているボクは56度ウェッジを3回振っていた。
バンカーの中だけで3回だ。
「大丈夫、つぎで出して2パットなら100を切れるよ」
「いつものように振るだけさ、いつものように」
カラスはまるで映画のタイトルを読み上げるかのようにボクにそういった。
そうバンカーショットも芝の上から打つ時と同じように振ればよい。
スタンスはスクエア。
「そうスタンスはスクエア」
フェースは少しだけ開く。
「そうだね少しだけ開けばだいじょうぶ」
そしていつもと同じように振りぬくだけ。
「そうだ振りぬくんだ、君ならできるさ」
「今までも、そうしてきたじゃないか」
ボクの56度ウェッジがバンカーの砂を綺麗に舞い上がらせた。
5月の風が吹く。
バンカーの中で汗だくになっているボクの体を乾かそうとするかのような優しい風だった。
綺麗に舞いあがった砂たちが、そんな優しい風にもどされてボクの頬をうつ。
そう、砂たちが戻ってくる。
その時ボクは「風の街カントリークラブ」の18番ホールのバンカーに立っていた。
カラスが言った。
「大丈夫、彼は待つのが嫌いではないようだね」
その日の同伴者はカーネルサンダース。
自分のバーディーパットのラインを読むのに夢中でボクの7打目は見ていなかったようだ。
新調したばかりのホンマのボールがボクの目の前の美しい砂の上に転がっている。